「孔雀は星の様に美しい瞳――然も銀の雨に打たれてぼつと滲むだ春霞の底から瞶めるやうな美しさで――顔を上げました。」(牧野信一「嘆きの孔雀」より)
光を見た後にまぶたを閉じると、何やら明るいものが見えてきます。
金色の世界、あるいは瞬く虹の世界。
意識を集中して思い描く何かを想像すれば、描いたその姿が浮かび上がってくるようになります。
孔雀の姿を思い描いたのであれば、光の中から数多くの目玉模様を持つ飾り羽(上尾筒)を扇状に広げる孔雀(インドクジャク)の姿が現れることでしょう。
飾り羽を広げ音を立て震わせるオスの妖美な求愛の舞はメスを引き寄せるだけでなく、その舞を目にした人間をも性別を問わず魅了させます。
自然淘汰(自然選択)の理論を唱えたチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin, 1809-1882)は、「孔雀の羽を見ると、いつも気分が悪くなる。」と友人に宛てた手紙に記しました。
環境に適応し生存のための進化の形式からかけ離れた孔雀の存在がダーウィンを悩ませ、「メスは美しいオスを好む」と言った性の美的な進化となる性淘汰(雌雄淘汰)の理論へとつながっていきます。
オスの妖美な舞によって光輝いた無数の目玉模様に見つめられたメスは、熱く胸をときめかせ深い恋に落ちていきます。
アーネスト・ディックター(Ernest Dichter, 1907-1991)が提唱し、1967年に化学繊維メーカーのデュポン(DuPont)が「孔雀のように豊かな色彩を取り入れ男性も美しく着飾ろう」とプロモーションし、当時のダークトーンのスーツが主流だった男性ファッションにカラフルなネクタイとシャツを組み合わせる流行が世界に広まりピーコック・レボリューション(Peacock Revolution:孔雀革命)と呼ばれました。
孔雀の羽の目玉模様はいったい何なのだろうか。
ギリシア神話で語られる全身に百の目を持つ巨人アルゴスは、ゼウスの牝牛に変えられた愛人イーオーをゼウスの正妻ヘーラーの命によって監視していた際に刺客によって殺されました。
アルゴスの死を悼んだへーラーは、彼から百の目玉を取り出し飼っていた孔雀の羽に縫い付けました。
サルバドール・ダリ(Salvador Dali, 1904-1989)が描いた孔雀には、飾り羽のそれぞれの目玉には血がにじみ涙のようにこぼれています。
この多数の目玉模様が時には敵への威嚇に使われ、恐怖を与えるのも頷けます。
しだいに自分が世界の奈辺(何処)に居るのか解らなくなってきました。
目を閉じたことで光の中から現れた孔雀の残像は意思に反して消えようとはしてくれません。
音楽を奏で微笑を浮かべながら舞う孔雀によって囚われてしまったこの金色の渦に、誰かの声で呼び戻されるまで自分はいつまでも彷徨うことになるのかもしれません。
写真・文 / ミゾグチ ジュン