「名をすら知らぬ草ながら、葉の形見れば限り無し、さかづきの形、とんぼ形、のこぎりの形、楯の形、ペン尖の形、針の形。」(与謝野晶子「庭の草」より)
一歩、家から外へ出てみるとどこかにいろいろな形の葉っぱが見えています。
車やバスから降りるとその場所のどこかにも葉っぱが見えています。
歩いているどこかで、走っているどこかで葉っぱが見えています。
高層ビルの窓から見下ろしても、人が行き交う地下鉄の駅構内でも葉っぱが見えています。
陸上植物(land plants)が地球上に出現したのは約4億7000万年前だと言われています。
それから過酷な地球環境の変化に対応しながら、胞子によって子孫を残すシダ植物、そして種子で子孫を残すようになり胚珠がむき出しの裸子植物と花を咲かせる被子植物とが長い進化の過程で現れてきます。
太陽の光エネルギーを用いて植物の生命活動の源を生み出す緑色で扁平な器官、誰もが思い浮かべる木や草花の葉は普通葉(foliage leaf)と呼ばれています。
しかしながらよく思い返すと、葉は細長い針状をしていたり、ネギのように筒状であったり、キュウリの巻きひげだったり、タマネギとして養分を貯蔵したり、昆虫を捕らえることに特化したりとさまざまな形態に変形し多様化した姿をしていることに気づきます。
青葉を濡らす頃、公園の片隅や道路脇にガクアジサイ(額紫陽花)やホンアジサイ(本紫陽花)が艶やかに咲いているのを目にします。
花が額縁のように縁取っていることから額紫陽花と呼ばれますが、色が鮮やかで花のように見えているのは萼(がく)が変形した生殖機能を持たない装飾花(ornamental flower)であり、中央部に集まった一つ一つの小さい粒状が開花すると複数枚の花弁・雄しべ・雌しべ・萼がそろった両性花(bisexual flower)が真の花として現れます。
この大きく目立つ装飾花で花粉を運ぶ昆虫を引き寄せ、結実のために小さな両性花へと誘導します。
日本原産のガクアジサイを原種として園芸用に品種改良されたホンアジサイと西洋で品種改良され大正時代に逆輸入された西洋アジサイ(ハイドランジア)は、装飾花が中央部も含めてほぼ全体をおおっているため、両性花の数は少なく埋もれてしまっており昆虫を媒介とした結実は難しくなっています。
一般的に花(flower)を構成する一番外側の器官が萼片(sepal)と呼ばれ、萼片の内側でかつ雄しべの外側に存在する器官を花弁(petal)と呼び、花弁が集まった花冠(corolla)を保護する役割なども持つ複数の萼片から成る萼(calyx)は葉と同じように多くは葉緑体(chloroplast)を持ち光合成や呼吸を行っています。
チューリップにおいては通常は花弁(内花被)が3枚と葉緑体が消滅した萼片(外花被)が3枚の計6枚で一つの花(花被片)になっており、花弁と萼片の区別がほとんど分からなくなっています。
また、タンポポでは萼は真っ白な冠毛(pappus)となって種子を風に乗せて空を舞います。
ギョイコウ(御衣黄)は緑色の花を咲かせる桜で、咲き始めの緑色の花弁には葉緑体があるため光合成を行い、その花弁の裏側には呼吸のための気孔(stoma)を備えています。
葉の裏側に気孔が多く存在することはよく知られていますが、気孔は葉だけにあるのではなくときには茎や花弁、そしてリンゴなどの果実にも存在していることを確認することができます。
誰もが思い描く葉はいろいろな姿をしていたり、花だと思っていたら萼だったりと必ずしも見た目通りにはいかず、その曖昧な真実と偽りの境界に戸惑ってしまうことがあります。
葉と萼片、萼片と花弁、花弁と葉、それぞれの形状の関係性は葉を由来とした細胞分裂の位置や角度、そしてある特定の遺伝子とが密接に絡み合っていることが分かっています。
ドイツの詩人でもある自然科学者のゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)が「植物のメタモルフォーゼを解明する試み」(Versuch die Metamorphose der Pflanzen zu erklären, 1790)において、植物が種子から成長し茎葉・萼片・花弁・果実など生殖への過程のすべての根源は同一の器官である葉から導かれていると論じ、植物の内部活動は環境の変化に応じて葉がメタモルフォーゼ(変態, Metamorphose)していくことを示唆しました。
降り注ぐ太陽の光の赤色と青色を吸収し緑色を反射することで葉っぱは緑に染まります。
森の中や草原を散歩して草木の緑に囲まれていると、しだいに心と身体がほぐれていく感じがします。
いろいろな形をした名も知らない葉っぱ、果てしない時を経ていろいろな形になった葉っぱ、人類とその姿は違えども同じように生きるために呼吸をして同じように未来へと生きている、だからこそ互いに離れることのない間柄として末永く一緒に歩んでいきたい。
写真・文 / ミゾグチ ジュン