「夏の空には何かがある、いぢらしく思はせる何かがある、焦げて図太い向日葵が田舎の駅には咲いてゐる」(中原中也「夏の日の歌」より)
夏の訪れによって聞こえる音があります。
蝉の声、虫の羽ばたき、夏鳥の囀り、蛙の声、風でこすれる草葉、風に揺れる風鈴、花火や祭りの響き…
そして、それらの夏の音に混じって鳴り始める踏切の音も聞こえてきます。
誰かが奏でた自転車の甲高いブレーキ音や電車の音、パトカーのサイレンなどのいつもの音もときおり聞こえ、夏の空の下では聞こえる音がいつもよりたくさんあります。
夏は温度が高く大気の分子運動が激しく動いているため、音の伝わりが早いと言います。
大気の温度を t ℃とすれば、音が1秒間に進む距離である音速 c(m/s)を求める近似式は「c = 331.45 + 0.61t」になります。
猛暑の今夏、風を考慮せずに気温40℃ならば音速は約356m/sです。
リニア中央新幹線の最高速度は約139m/s、地球の自転速度(赤道上)は約466m/sであり、ある著名な少年が拳銃の速度は350m/sぐらいと劇中に発していましたが、驚くほどの速さで周囲の夏の音が自分にめがけて飛んできており個々の音が弾丸だとしても避けることなどは到底不可能なことです。
なお、水の中(20℃)だと音速は約1483m/s、常温の鉄で約5950m/s、ダイヤモンドでは約18000m/sと密度の高い物質であれば桁違いの爆速で音が伝わっていきます。
暑さにバテてしまい公園の木陰にあるベンチで一休みしている間にスマホで「夏 音 速さ」などと思いつくままに検索していると、関連して日本の観測史上最も強い風を記録した台風は最大瞬間風速が85.3m/sだったと知りました。
思えば台風が迫ってくるあの音、窓に激しく打ち付ける横殴りの雨、電線や木の枝に衝突する強い風は空気の渦を生み出し不安と恐怖を煽る耳障りな音(エオルス音)となって人の心へと伝わっていきます。
今日は青い空が広がり、生暖かい風でさえ涼しく感じる公園でいくつもの夏の音に耳を傾けていると、この場所でも人の遊び声が何処からも聞こえてこないことに気づきます。
さまざまな遊具があり遊ぶのに十分な広さを持っているこの公園には、自分以外に誰一人いません。
近年の猛暑は、夏休みに入った子どもたちの声を公園で響かせることをとても厳しくさせています。
絶え間なく溢れていた汗がようやく収まったところでベンチから腰を上げます。
限りある夏を楽しむため、14インチタイヤの自転車を2.7m/sほどの速度でのんびりペダルをこぎながら、明日も明後日も何かに出会うため夏の空の下で流離(さすら)ってみるつもりです。
写真・文 / ミゾグチ ジュン