「五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。したたる空色の窓の下で、私の愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。私の生活にもいつかは一度、あの空に光る、雲雀料理の愛の皿を盗んで喰べたい。」(萩原朔太郎「月に吠える」より)
ある町に流れる小さな川に架かる橋、ときおり橋を渡る人がその橋の半ばほどでふと足を止めて辺りを見渡す場面に幾度か出くわします。
不思議に思い同じように橋の半ばまで行ってみたら、川に沿って風が橋に向けて吹きつけ、くしゃみをしたくなるような太陽の香りを風に乗せるだけではなく、暖かな日の光によって蒸されたような青臭い草葉の微かな薫りも運んできていることに気づきます。
青臭さの元になる植物の香りは「みどりの香り」(Green Leaf Volatiles,GLV )と呼ばれ、一般的には葉をこすったり押しつぶしたりするなど植物が何かしらの危害を加えられた際に生成される香りの化合物群のことで、植物の自己防衛の産物です。
傷ついた植物は忌避させる香りを発することで、昆虫(植食性昆虫)などの加害する対象者に対して抵抗し場合によっては加害者が恐れる天敵(肉食性昆虫)などをこの香りで呼び寄せることもあります。
みどりの香りは食品の味や香りを調えるフレーバー(食品香料)としても活用され、さまざまな加工食品やデザートに美味しい香りを与え、フレグランス(香粧品香料)として化粧品や芳香剤にも使われます。
ミントやラベンダー、ローズマリーなどのシソ科のハーブ類では葉の表皮に存在する無数の毛(腺毛)に香りが蓄積されているので軽くこすっただけでも辺りに強い香りがバースト(急激にGLVが生成され放散されること)され、即座にすっきりとした清涼感やほのかな甘みに包まれます。
シソ科のハーブ類が放つ香りは人にとっては緊張やストレスをほぐすリラックス作用がある一方で、特定の昆虫にとっては忌避性のある香りでもあるため、虫除けスプレーなどに安全性の高い成分として利用されています。
進化の過程からほぼすべての被子植物が生成することができるみどりの香りが、植物間で危険を伝達し合っていることも分かっており、あの青臭さの中には植物たちの声も含まれています。
南南西の風・風速4.7メートル、また青臭い薫りが吹きつけてきます。
橋の上でしばらく惚けながら心地よい風に包まれたことで気持ちが晴れやかになり、何だか無性にお腹が空いてきたのは確かなことです。
写真・文 / ミゾグチ ジュン