「右東は大田、南は秋吉、西は嘉萬 青景、北は赤 絵堂都合六ケ村に根おろし仕候山にて惣名秋吉台という 土地は紫色にて間に間に寒水石あり」(「防長風土注進案」より)
山口県の中央部、美祢市(みねし)に広がる「秋吉台(あきよしだい)」は日本最大のカルスト台地です。
カルスト台地とは、水に溶けやすい石灰岩などが雨水や土壌水・地下水などによって溶食(溶解・浸食する作用)されることによりできた周囲の低地に比べて盛り上がった平らな土地のことを言います。
またカルスト(karst)の語源は、石灰岩台地が広がるスロベニア共和国で「岩だらけの」を意味するスロベニア語の“kras”が、ドイツ語で“karst”と紹介されたことによります。
日本を代表するカルストとして、秋吉台カルストとは他に愛媛県と高知県の県境にある四国カルストと福岡県の平尾台カルストなどがあります。
広大な台地には地表から突き出た石灰岩柱(ピナクル, 独:pinnacle)が幾つも見られ、擂鉢穴 (ドリーネ, 独:doline)と呼ばれる地面が溶けて月のクレーターのようにすり鉢(擂鉢)状に凹んだ部分が至る所に存在しており、興味本位でドリーネに近づき陥没した穴に落ちてしまったら生きた姿で地表に戻ることはもうできないと聞かされます。
そのドリーネを通して地表より流れ込んだ雨水や地下水などによって石灰岩台地の地下に日本最大規模の鍾乳洞(石灰洞)であり、かつては魔物が住む瀧穴(たきあな)と呼ばれた「秋芳洞(あきよしどう)」を永い時をかけて作り出し、他にも牛隠しの洞と呼ばれた「大正洞(たいしょうどう)」や壇ノ浦の合戦(1185年)で敗れ逃げ落ちた平景清(藤原景清)が身を潜めたと伝わる「景清洞(かげきよどう)」など大小400以上もの鍾乳洞が確認されています。
秋吉台カルストの石灰岩柱の主成分は炭酸カルシウムで、その起源は約3億5000万年前に赤道付近に誕生した火山島の周囲の珊瑚礁だと考えられています。
地球の表面を覆う岩盤(プレート, 英:plate)の移動により、珊瑚礁を持った海洋プレートが大陸プレートの下に入り込んだ際に珊瑚礁が剥ぎ取られて約2億6000万年前の両生類や裸子植物などが繁栄したペルム紀(二畳紀)頃に大陸側に付加し、しだいに石灰岩が上に押し上げられて地表に現れるようになりました。
そのため生物の遺骸が積み重なり固まった石灰岩にはアンモナイトやサンゴ、ウミユリなどのその当時に生きていた古代生物の化石が含まれおり、突き出ている石灰岩柱のそれぞれに手を触れてみると遙かな時を超えて感慨深い何かが伝わってきそうです。
朝方に降っていた雨が地表を生き生きとさせ、太陽によって温まった空気が下からむあっと立ちこめます。
台地に描かれた道を歩みながら周囲をぐるっと見渡すと石灰岩柱が無数に突き出るこの景色がずっと遠くまで広がるようで、ときおり現れる分岐点のどの道を選んでも何処へと続くか分からず、ただただ彷徨い歩いてみるのも楽しくです。
写真・文 / ミゾグチ ジュン