高遠城址の桜は、明治6年(1873年)の廃城令によって取り壊された城跡の荒廃を嘆いた旧藩士たちが、高遠藩の縁ある馬場の桜を植えたことが始まりとなり、今日では「天下第一の桜」と謳われる桜の名所となりました。
海風から陸風へ。日の傾きに応じて現れる海辺の光と影。夏の賑わいから、誰もいない冬の砂浜。波音が哀愁を醸し、夕日が当たりきらきらした海をぼんやりと眺める白砂青松・百選の地『鼓ケ浦海岸』は、いつもより透明に波立ちます。
江戸時代の五街道のひとつ『中山道(江戸の日本橋~信濃~美濃~大津~京三条大橋:135里32丁)』には67の宿場町と3つの難所があり、美濃の太田宿の近くには流れが速く川幅の広い『木曽川』を渡るための難所『太田の渡し』があります。
千百余年前の862年に天台宗の慈覚大師によって開かれた地蔵菩薩を本尊とする霊場「恐山」。
カルデラ湖の宇曽利湖を中心とした釜臥山など8つの外輪山の総称です。
照らす太陽の熱さ、巻き上がる土の埃、行き交う人の匂い。
この場所、Indiaで出会う人々。